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東京高等裁判所 昭和49年(う)2334号 判決 1976年11月05日

本店所在地

横浜市中区山下町一二四番地

法人の名称

海栄海運株式会社

右代表者

代表取締役 金海政昌

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四九年七月二三日横浜地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、弁護人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人関一郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

所論に徴し考察するに、本件犯行の動機、態様ことに被告会社の実際の所得金額が昭和四四年度には三、七一八万二、四八七円、同四五年度には二、三六七万七、七三一円であつたのに、いずれも欠損であつて、納付すべき法人税額はない旨の法人税確定申告書を提出していることなどを綜合すると、同会社が本件について修正申告をし、本税、重加算税、延滞税を完納したことなど、同会社に利益となるべきすべての事情を斟酌しても、同会社を罰金五〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 石崎四郎 裁判官 佐藤文哉)

控訴趣意書

被告人 海栄海運株式会社

代表取締役 金海政昌

右の者に対する法人税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和四九年一〇月一六日

弁護人 関一郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は被告人を罰金五〇〇万円に処しているが次の諸理由によりその量刑が不当であることは明らかである。

第一 法人に対する罰金刑の量定に当り諸規定の実質的配慮の欠如

一(1) 法人税の逋脱に対する制裁として現行法は延滞税・重加算税、行為者及法人に対する刑罰を制定している。右のうち延滞税についてはその性質が遅延損害金であることは明らかであるが、重加算税がいかなる性質を有するか大いに見解に分れるところである。特に重加算税と行為者及法人に対する罰金刑との関係については法の規定上は前者が税で後者が刑罰と形式的には区分されているが、実質的には逋脱行為に対しての金銭的制裁であることに変りなく被制裁者に対する効果の面においても全く異ならないのである。強いて違いを指摘するならば一方が租税徴収の形式(行政上の取扱)・他方が刑罰の形式(司法上の取扱)に分化しているに過ぎない。

右のような二重の実質的処罰については憲法三九条に反するとの見解も有力であり充分理解出来るが、その点はともかくとして、重加算税と罰金刑の関係については実質的に同一内容の制裁であることを十分配慮して刑の量定をしなければならない。

(2) 法人税法は逋脱行為について行為者を処罰するほか事業主である法人をも処罰する旨規定している。

法人に対する刑罰は罰金刑のみが科されるのであり重加算税との性質はいよいよ区分することが出来ないのである。

逋脱行為に対する行為者の処罰と重加算税との関係は一方が法人に対する金銭的制裁であり、他方が行為者に対する刑事責任であるところから一応区分が出来るが、法人に対する罰金刑と重加算税は同質の規定であるといわなければならない。従つて法人に対する量刑に当つては重加算税、罰金刑を一体のものとして斟酌しなければならない。

(3) 法人税法一六四条は逋脱行為に対して行為者と法人の両罰を規定しているが、法人であつても実質的に個人企業であり、代表者が行為者として処罰されている場合、両罰として法人を処罰することは同法の正当な解釈とはいえず、少くとも法人の刑量定に当つては、刑の実質的目的を十分斟酌しなければならない。

二 原判決は被告人に対する罰金刑の量定に当り、右の諸事項を斟酌することなく漫然法人税法第一五九条第一項(同法第一六四条第一項)の上限五〇〇万円に処したのであり破棄を免れない。

原審は逋脱行為者である代表取締役に対して懲役六月、執行猶予二年とし、更に被告人に対する罰金刑の量定に当つては、被告人が自己の財産処分等(原審船舶売買契約書、債務弁済契約公正証書御参照)によつて、延滞税はもちろん重加算税についても全額納付している事実(原審納税各領収証)及被告人が個人会社であることを全く斟酌していないのである。

第二 その他の情状

一 法人の逋脱行為に対し各種制裁を科すその趣旨は逋脱による不当な利益を保持せしめないこと及逋脱行為が結局経済的損失をもたらすことを確認知せしめることにより再び連脱行為がないことを期待することであり、それ以上に法人の活動を規制したり、企業維持が困難になることまでをも含めていないことは明らかである。

とすれば各企業の実体等を考慮して罰金刑の量定をしなければならない。本事件の被告人は重加算税の全額納付をはじめ起訴事業年度以前の修正申告をはじめ、過去の一切の諸税をやつとの思いで納付し現在資金繰が困難となり倒産寸前に至つている、仮に倒産に至れば従業員、債権者に対し大きな損害を免れしめることになる。

二 原判決は右の事情を斟酌せず形式的に罰金五〇〇万としているが、右は刑の量定を誤つたものである。

第三 以上第一、第二で指摘したように原判決の量刑が不当であることは明らかであるが、本件の適正な量刑がいかなるものかについて次のとおり主張する。

もともと法人に対する罰金刑の目的は第二に記載してある通りであり、且重加算税と法人の罰金刑とは同質のものである。従つて画一的なものとして重加算税額(未納税額の三割ないし三割五分)は実質的な制裁として科せられるものである。ではそれ以上どの範囲の金銭的制裁を科すのが適正であるかは、実質的制裁の目的、企業の実体、逋脱による実質的利益の増加等を総合斟酌し、あくまでも付加的要素として科さなければならず、最大限未納税額の一割程度が相当であると解する。

以上

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